コードを書く人たちには馴染みのある表現で、
「車輪の再発明」
という言葉がある。
だれががすでに作ったものを、もう一度自分の手で作ってしまうような非効率な行為を意味する言葉だ。
詳細は
とか
に詳しい。
これって、結構昔からある言葉だけど、意外にあまり他分野に広がっていない印象がある。なんだか勿体ない。
広く一般に、「学習」の目的としてこれは当てはまるはずだ。
「なんで勉強するの?」
と無邪気に聞いてくる子供への一つの解となる。
数学一つとってみても、過去にたくさんの偉人たちがあみだしてきたものがあって、
ボクらが一昼夜程度悩んで閃いたものなんてとっくに誰かが悩んだ過去がある。
だとしたら、それをそのまま借用して、そこからの発展を考えるということが効率的な進歩であり、
時間を飛び越えるために歴史を活用するというのはあって然るべき考え方だ。
0から創出するよりも、過去からの選択の仕方を考える。その為に、かつて作られた車輪の構成を理解する。それが学習の狙いのひとつなんじゃないか。
サラリーマンの日常においてもちゃんと当てはまる話で、今日だってボクの会社ではパワポデザインに悩む若手社員がいた。
パワポの作成なんて、プレゼンにつながることから生産的な作業と勘違いしている人も多いけど、ただの事務作業だ。
伝えたいことがあって、それを適切に伝える方法は、色んな人が考えて、いろんなサイトや本でその術を披露している。
どうやって図や説明を配置したほうが効果的かなんて、多くの場合、似たようなことをプレゼンオタクが考えてくれている。
それを無視して、悩んで悩んでオリジナリティの薄いパワポを作るなんて、まさに
「車輪の再発明」
だ。こういった作業を省くことが、今時期話題の残業削減につながるはずだ。
そんなヒントを悩む社員に教えたあと。
最新のプレゼン・資料作成本はどんなだろうと、本屋に立ち寄ったら、数多くの本が並んでいた。
いくつか手にとって読んでみて、きれいに体系化された内容に心惹かれたけど、技術として目新しいものがなかった。
これぞ
「車輪の再発売」
・・・あまりうまくないな。