ときどき、なにかの映画とかドラマとかで感化されたのか、数学に興味を持ったから教えてくれと言われることがある。 そんなときにはまず 円周率が3.05より大きいことを求めよ といういつしかの東大の問題を出している。 すると
「なかなか難しいね」
「んー。どうすればいいんだろ」
「わかんないなぁ」
「考えてみたけど、無理。答教えて」
とまぁ大体こんな流れをたどる。こんな感想をもつキモチはわかる。でもこれって考えているようで考えていない。わからないという言葉を表現を変えながらループしているだけだ。
時々問題解決の方法なんて言葉が会社で出てくることがあるが、そんな大上段なものを振りかざす前にちゃんとその問題の解決策を考えられているのだろうか。
目の前にある問題に対して知っていることを当てはめてみてすぐに答が出なかったら、考えてみたけどわからなかったと嘯く。これは数学でも会社の中の問題も同じだ。問題解決のために考えるとは、悩むことじゃない。
必ずこうすれば解けるというものでは当然ないけど、例えば整理をしてみただろうか。しっかり観察できただろうか。
整理とは、目の前の問題のわからないことを明確にするということだ。何もかもがわからないということではないだろう。
冒頭の問題を例に考えてみよう。円周率は知っている。知識としては3.05より大きいこともわかる。勿論憶えている3.14という値を使うことはできない。それを使っては成り立つから成り立つと言っているようなものだ。ではなぜ解けないのだろうか。
浦沢直樹の傑作漫画 MONSTER の中で、「もう誰にも裏切られたくないのなら・・・一番疑いたくない人物まで疑え!」という刑事ルンゲのセリフがある。後輩刑事に対するアドバイスで出てきた言葉だ。 この漫画自体はもちろん、僕はこのメッセージを気に入っている。一般的にも役に立つし、数学にだって当てはまる。ちょっと策を見失ったときに思い出すようにしている。
問題に当てはめてみる。知っていると思っているものを疑ってみる。
円周率が3.05より大きいことを求めよ
という問題において、疑えるものは円周率だけだ。円周率ってなんだっけ。
円周率とは、直径に対する円周の比率のことだ。…と言われてもピンとこない人もいるかもしれない。そんなときは小さい子供に説明できるような表現を考えてみる。こんな表現だとどうだろうか。
円周率とは直径が1であるときの円のまわりの長さのことである。
すると問題文はどう読み替えられるかというと、
直径が1であるときの円のまわりの長さが3.05より大きいことを求めよ
となる。
最初の問題文よりもわかる気がするけど、まだどうしていいかわからないという人もいるだろう。どうしていいのかわからないと嘆く前に、何がわかっていないのかを考えてみよう。先ほどのルンゲのセリフを再度当てはめるてみるのもいい。行き着く先は、円のまわり(円周)の長さってどうやって計算するの?ということになるだろう。
ここで、当初投げかけたことに戻りたい。 整理と観察のところだ。わからないことは明確にできた。しかしこのわからないことをどう解決すればいいのか。我々は未解決問題に取り掛かっているわけではないのだから、必ず解けることはわかっていて、その道筋がわからないだけだ。そこで重要になるのが、観察という行為だ。
問題文を整理する中でも大切なことだが、しっかりと文章を読んでほしい。わからないことを明確にした後で、そのわからないことが問題を解くために必要なことなのか、わからないまま解くことはできないのかということをはっきりとさせたい。
問題文において、
3.05 より大きい
という表現がある。我々が知っている$3.14$は円周に関する値だった。すると$3.05$はそれより小さい値であって、つまり円周ではないものということになる。
ここまでのことを一回整理してみよう。
・円周の長さの出し方がわからない
・円周ではないものより円周が大きいことを示す
ここで円周でないものって?という疑問がでてくる。否定表現には要注意だ。存在しないことを考えるのは難しい。肯定文に置き換えることができるならば、その表現を模索したい。ミスチルのことをスピッツではないバンドといったところで意味は大してない。肯定文で説明してこそ意味は伝わることが多い。
円周でないものということは、円以外の図形のまわりの長さということになる。ここで、我々が考えている円周は直径が1なのでこれは捨てるわけにはいかない。何かと何かを比較するとき、またある面では必ず共通のものを持っている。ジャニーズアイドルと僕を比較されて、ブサイクという烙印を僕に押されるのも男という共通点がある為だ。これがiPadとジャニーズアイドルという比較ではどっちがカッコいいかなんて議論にはならない。
では、この1を別の図形の何と考えて比較するのか。円の内部かつ中心を通る線という観点から考えると、対角線の長さが1となる図形を考えると共通という土台に置けそうだ。
すると対角線の長さが1となる何角形を検証してみればいいのだろう。ここまできたのだから四角形から順番に考えてみよう。 対角線の長さが1なのだから、一辺の長さは$\frac{1}{\sqrt{2}}$になる。まわりの長さはこの4倍だから $$4\times \frac{1}{\sqrt{2}}=2\sqrt{2}=2\times 1.414=2.828...$$ となる。$3.05$より小さいから差が大きすぎることがわかる。この差は図でいうところの円と四角形の間なわけで、円は外接円となり、隙間を埋めるには$n$角形において、$n$を大きくしていけば埋まっていくことがわかる。同時に、さきほどの順番に考えていこうという行為が正解に近づくことであることがわかる。
で、その通り順番に探して行くのもいいが、数学の問題を解くとき、出来るだけ楽をしたいと思うことが肝要だ。道筋が見えたのだから、ちまちま小さい値から攻めるのではなく、一般に正$n$角形のまわりの長さをその外接円とともに考えてみよう。この長さを$n$を用いた式で表せたらもう解けたようなものだ。すなわち、この問題は、
$n$角形のまわりの長さを外接円と比較せよ
ということになる。
ここで、ひとつ。先程しれっと三角形を飛ばし、四角形から議論を始めた。これはなぜかと問われたならば、別に三角形から議論してもいいのだが、対角線ということが使えない。対角線を直径との共通点として見出しているのだから、この考え方が当てはまる図形が都合がいい。すると、五角形も使えないことがわかる。対角線といっても中心を通ってくれるようなものがないと意味がない。なので、 $n$角形の$n$は偶数であるほうがいい。
四角形のときのように1間隔あたりの長さを考えて、それを$n$倍することを考えてみる。
1間隔あたりの長さを考えるのに、四角形の場合は直径もしくは半径で分割される三角形の比を用いて計算したはずだ。今回はどうすればいいだろうか。
先程はルンゲ警部の言葉を用いたが、実はもう一つ(というか、いくつかあるけど、それは活用できる場面が出るたび紹介したい)僕がいろんなケースで有効と考えている言葉がある。それは、哲学者ルネ・デカルトの「困難は分割せよ」というものだ。
四角形を三角形で考えることは、まさにこれで、四角形のままでは困難だから三角形で考えるのである。四角形ですら困難なのだから、 $n$角形でももちろん困難なわけで、やはり三角形に分割することを考える。
で、どう分割するかだが、円とは中心から等しい点の集合である。この等しいというのが、まさに半径のことなわけで、いわずもがな直径の半分の値である。直径を使って分割するか半径を使って分割するかで考えると、円も正$n$角形も対称性がある図形なのだから、それが維持できるような半径で切るということがよさそうだと考えてみる。
$360°$を$n$分割した角度を頂角にもち、半径$\frac{1}{2}$の辺を二つもつ二等辺三角形の残る辺の長さが求めたい辺となる。
ここで角度が現れたわけだが、また少し立ち止まってみる。$n$分割という一般論で立ち向かっているけれど、$\frac{360°}{n}$というのは最終的に辺の長さを求めたい立場からするとどんな$n$でもOKとは言い難い。ここは有名角でないと最終的に計算ができないわけだ。すると、30、45、60が第一候補で、これらの組み合わせで得られる15は最終手段だ。
このことから値がもっとも小さい30となるときを考えてみる。これは、すなわち十二角形のときとなる。
頂角$30°$、二辺の長さが$\frac{1}{2}$となる三角形の残る一辺の長さを求めて、12倍してみる。これは中学数学でも解けるから少し計算は省略させてもらって、3.105という近似値が得られる。
これは3.05より大きいので、目的達成だ。つまり $$円周率=直径1の円のまわりの長さ>正十二角形のまわりの長さ>3.05$$ がわかったわけである。
問題解決のための手法をあれやこれや探す前に、まずは知っていることを武器にしっかりと考えてみる。これをするだけで結構な問題は解決するものだ。そのショートカットとしてパターン化があるし、巷の本にあるような問題解決の一般的手法を否定するわけではないが、自分で道を拓くほうが人生楽しいんじゃないかと思う今日この頃。
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