
恋愛について考えるとき、
「今決めるか」「まだ待つか」
という問いを立てている話に違和感を覚えることがある。
なんだか冷めている気がするし、恋愛を計算しているみたいで、本気じゃない気がする。そもそも本物の恋愛というものがあるのならば、そんな問いは存在しないのではないか。
気づいたら会う理由を探している。
比較とか基準とかが頭から消える。
「他にもっといい人がいるかも」なんて発想が入る余地がない。
恋愛とは、選ぶものではなく、本来始まってしまうものだと思う。
あとから振り返っても、「あれは決断だったのか」よくわからない。
この観点で恋愛を数学で言えば、最適化の問題じゃないし、停止のタイミングを選ぶ話でもない。ある臨界点を越えて、状態が変わってしまっただけだ。
こういう恋愛に、
「いつ決断するのが最適か」
みたいな問いをそのまま持ち込むのはズレている。
だから始まってしまった恋愛は、分析する意味はない。
それはもうそのまま進めばいい。
問題になるのは、ここまではいかない恋愛ゲーム的なケースだ。
好きかどうかは分からないけど、候補ではある。
会ってはいるけど、決定打はない。
年齢とか生活とか、先のことが先に頭に浮かぶ。
「始まってしまう」ほどの温度には達していない。
このとき、人は初めて考え始める。
今、踏み込むか。
それとも、もう少し待つか。
ここが重要で、「今決めるか」「まだ待つか」と考えている時点でその恋愛はすでに”判断するもの”になっている。そしてこのあたりから、順番と引き際の問題として数学の出番が始まる。
この構造、数学の世界ではずいぶん前から真面目に研究されてきた。
順番に選択肢が現れる。
そのたびに「今決めるか」「見送るか」を迫られる。一度見送った選択肢には戻れない。絶対評価はできないけど、「今までで一番かどうか」なら分かる。目的は、全体で一番いいものを取ること。
こういう設定の問題には名前がついている。
秘書問題、あるいは最適停止問題と呼ばれる。
もともとは
「秘書を一人雇うとき、どんな採用戦略が最適か」
という話で、恋愛とは無関係だ。でも、構造が似ている。
この問題で知られている有名な結論がある。
それが「最初の一定割合は決めない方がいい」というルールだ。
この割合は計算すると約37%になる。
なぜ37%なのか。この辺を考えていこう。
候補が全部で $N$ 人いるとする。最初の $r$ 人は無条件に見送る。その後で、「それまでに見た中で最高」と思えた相手に決める。この戦略で、全体で一番いい相手を取れる確率を $P(r)$ と置く。
全体1位の相手が、たまたま並びの $k$ 番目に現れる確率は $1/N$。
成功するには二つ条件がある。
1つ目は、1位が観察期間の外に来ること、つまり $k>r$。
2つ目は、1位が現れるまでに出てきた人たちの中での暫定トップが、
観察期間(最初の $r$ 人)に含まれていること。
順番がランダムなら、その確率は $\displaystyle \frac{r}{k-1}$。
したがって成功確率は
$$ P(r) = \sum_{k=r+1}^{N} \frac{1}{N}\cdot\frac{r}{k-1} = \frac{r}{N}\sum_{j=r}^{N-1}\frac{1}{j} $$
$N$ が十分大きいとき、この和は
$$ \sum_{j=r}^{N-1}\frac{1}{j} \approx \ln\frac{N}{r} $$
と近似できる。よって
$$ P(r) \approx \frac{r}{N}\ln\frac{N}{r} $$
割合 $x=\frac{r}{N}$ を使うと
$$ P(x) \approx x\ln\frac{1}{x} $$
これを最大にする $x$ は
$$ x=\frac{1}{e}\approx 0.37 $$
になる。つまり、最初の約37%は決めない方が合理的という結論が導ける。最初の3〜4割は「比較基準づくり」であり、そこで決めない方がいい、という話だ。
留意すべきは、これは「恋愛を始めるための理論」じゃない。これは、始めきれない恋愛を、どう扱うかの理論だ。
前に述べたように、始まってしまった恋愛に、数学の出番は多分あまりない。でも、始めるかどうかで悩んでいる恋愛には活用の余地がある。
判断の疲労を減らすために最適停止問題は使える。
直感が候補を作って、数学が引き際を決める。この分業を頭の片隅に置いておくだけで、「今決めないと後悔するかも」という焦りと、「もっといい人がいるかも」という迷いの両方から少し距離が取れる。
恋愛を語るとき、その恋愛に腕を組むとき、数学はヒントをくれるようだ。
