大学とか大学院まで数学やってると、一部の人からはとても計算が得意だという誤解を受ける。中には、フラッシュ暗算まで卒なくやってのける輩もいるんだろうけど、少なくともボクの周りにはいなかった。
むしろボクは計算ミスが多く、できるだけ楽をしよう、あの手この手で計算を避けようと思っていた。よく使ったのは、ちょっとしたルールと中学数学で習う式の展開。
ちょっとしたルールというのは、例えば
$11 \times 56$
みたいな$11$を含む計算。筆算をするときのことを思い出すと明らかなんだけど、$11$にかける数を両端において、足した数を間におくと答えが求まる。便宜的に桁をカンマ(,)で切ると、
$5, 5+6, 6$
となって、答えは616とわかる。
中学数学で習う式の展開は、例えば
$13 \times 17$
を計算するときに
$(a-b)(a+b)=a^2 - b^2$
を思い出してみる。$a$と$b$はそれぞれ平均と偏差と捉えればいいので、
$(15-2)(15+2)=15^2 - 2^2$
とできる。$15^2=225$は覚えている前提で、
$15^2 - 2^2=225-4=221$
と計算できる。
最近では、この辺がよく体系化された本がある。学生時代にこんな本を見つけていれば、もっと取りこぼさずにすんだのにと思う。
でもまー、
計算が得意でないから楽な道を探す
という態度は、計算ミス云々の世界を超えて役に立つ姿勢だったなと思うので、まーいいか。
ボクにとって
努力しなさい
という言葉は、思えばいつでも
(楽をするために)努力しなさい
⇛無駄に頑張らないための方法を見つけよう、習得しよう
という解釈だった。漢字を覚えるためにたくさん書いて書きまくって、結果ゲシュタルト崩壊を起こす間抜けさが自然とこんな考え方を導いた気がする。
そして、これってわりと社会人になった今でも通用しているなと思うこの頃(この頃でもないか)。
ちなみにこの本↓