勝利の方程式、恋愛の方程式、笑いの方程式。
色んな所でこの「方程式」を用いた比喩を見かける。
面白いことに数学が苦手だなんて公言している人でも、こういった表現に躊躇がない。
基本的にはなんらかの問題を解決する方法として、例えば野球における勝利の方程式だと、リードしている状況でお決まりの継投策・継投陣を使うことでその試合に勝利することを言うようだ。
このとき実際に式を考えると、リリーフ陣のメンバーを変数として
試合に勝つ=$\sum$(リリーフ陣)
となる。勝利の方程式に名を連ねる投手A、投手B、投手Cを代入すると成立する、といったところだろうか。
恋愛の方程式はどうだろう。手段を変数として
意中の人を射止める=$\sum$(手段)
という式で、手段1、手段2、手段3・・・を代入すると成立する場合を言うのだろうか。
すると笑いの方程式もまた似たところだろう。
ここでそもそもなことを確認しよう。「方程式」とは何だったろうか。
A=B
という式があるとき、これだけだと等式と呼ばれる。
この「=」がどんなときに成り立つのか、というのが要だ。いつでも成り立つときには、この等式は「恒等式」(恒[つね]に等しい式)と呼ばれる。
逆に、成り立つことがある、というときにその等式は「方程式」と呼ばれ、それを成り立たせる値は解と呼ばれるのである。この「恒等式」と「方程式」は、以前に説明した「全称と存在」の関係になっている。
どんなリリーフでも、どんな手段でも成り立つのであれば意味がないわけで、特定の投手、特定の手段で成り立つからこそ、勝利の「方程式」であり、恋愛の「方程式」、笑いの「方程式」なわけだ。
数学には「構造の科学」としての一面もあって、こんな身近なところにも方程式という仕組みが生きている。