最近は久しく足が遠のいているが、仕事でシンガポールに行くと一晩はマリナーベイサンズのカジノでルーレットを嗜むのが習慣になっている。
別に儲けようと思っているわけではなくて(もちろん勝つためのセオリーも知らない)、あの空気感に浸るのを楽しんでいるだけなんだが、毎度恒例でルーレットで大幅に偏りをみつけたときに誘惑に駆られることが少なくない。
どういうことかというと、ルーレットの場合様々な予想の仕方があるのだが、一番単純な賭け方として赤の枠に入るか黒に入るか(0の緑はとりあえず無視)の$dfrac{1}{2}$があって、$5$連続とかで赤が続くとそろそろ黒が来るよねと、さも黒の出る確率が高くなるような錯覚を覚える誘惑のことである。
勿論冷静に考えれば、過去は無視して、未来は常に赤黒イーブンだ。でも、
① $6$連続赤が続く確率 $\left( \dfrac{1}{2} \right)^{6} = \dfrac{1}{64}$
② $6$回中一度は黒がでる確率 $6 \times\left( \dfrac{1}{2} \right)^{6} = \dfrac{3}{32}$
が勝手に想起される為か、黒の方がでる確率高いよねなんて思ってしまう。
しかし現実は、
③ $6$回目に黒がでる確率 $\left( \dfrac{1}{2} \right)^{6}=\dfrac{1}{64}$
で①と③は当然同確率である。
感覚的には、$6$連続赤が続くなんて奇跡まぁ起きないよねなんて、$5$連続赤が続く奇跡を眼前に思ってしまうが、その奇跡はもう現実(確率$1$)なので、次の一手は初めの一手と何ら変わらないわけだ。
ここで、過去に紹介したモンティ・ホールの問題と誤解する人がいるかも知れない。モンティ・ホールの問題では、次の一手の為の情報が増えているので、過去を無視できないが、今回の問題では次の一手に対する新情報を得ているわけではないところが違いだ。
我々は得てして、目の前でいま奇跡が起きていることには鈍感な生き物なのかもしれない。後々振り返ってみてあれは奇跡だったなと感じてしまうから、とってもレアな確率を否定するような思考に陥るんだろう。
ああ、そろそろシンガポール行きたいな。